VR九龍について
作られ、未知を失ったカオスに魅力はないのでは
廃墟などもそう、作られては意味がない
平面的表現なら想像の余地があるが、立体になると途端にチンケになる
作為・無作為の境界みたいなのがそこにあって、リアルタイム性を失うとシュルレアリスム的に失敗なので
そう思うとジャズセッションってシュルレアリスムな気がするな
作られ、未知を失ったカオスに魅力はないのでは
廃墟などもそう、作られては意味がない
平面的表現なら想像の余地があるが、立体になると途端にチンケになる
作為・無作為の境界みたいなのがそこにあって、リアルタイム性を失うとシュルレアリスム的に失敗なので
そう思うとジャズセッションってシュルレアリスムな気がするな
男5人で上伊那ぼたんを垂れ流しながら酒を飲むなど、その活動は多岐に渡る。
OPの美しく整った人間(5人)が、高くていい酒をグラスに注ぎ、テーブルに座ってで飲んでいるのに対して、
それを見ているボサボサな我々(5人)は、チューハイロングを缶のまま、あぐらをかきながら床で飲んでいて、
そのあまりにも美しい対比に涙がつつと頬を伝った────